キマグレン
小档案 ISEKI(イセキ、1980年10月17日) 本名:井関靖将(いせき やすまさ)。ボーカル?アコースティックギター?作曲担当。神奈川県逗子市出身。明治学院大学法学部卒。血液型A型。 幼少期にシンガポールの在住経験がある。 KUREI(クレイ、1980年7月17日 - ) 本名:榑井勇輝(くれい ゆうき)。ボーカル?作詞?作曲担当。新潟県生まれ、神奈川県逗子市育ち。ニューヨーク州立大学シラキュース校入学。血液型O型。 幼少期にカナダとヨーロッパの在住経験がある。 小简介 キマグレン(kimaguren)は、日本の2人組音楽ユニットである。所属事務所はエドワードリミテッド(仙台市)と音遊(逗子市)との共同マネジメント。所属レーベルはless than zero(ユニバーサルシグマ内部レーベル)。 ユニット名は、もともとISEKIが「自由に音楽活動をしたい」という意味で付けたきまぐれというソロユニット名義に由来する。KUREIと共に音楽活動を始めた直後、KUREIがライブハウスのブッキング表に誤って片仮名で「キマグレン」と書いてしまったのがきっかけとなり現在のユニット名となる。 音楽活動と並行して、株式会社音遊を本名名義で運営している。同社により、自身の音楽活動のプロモーションの他、「音霊 OTODAMA PHOTO STUDIO」という名称の対バンライブを五反田のライブハウスで行っている。また、地元の逗子海岸にて夏季限定ライブハウス(海の家)「音霊 OTODAMA SEA STUDIO」の経営も行っている。 メンバーが音楽を作るときには、3つのL(Life?Love?Local)を大切にしているという[2]。また、キマグレンの曲を聴いた人または、キマグレンを見た人のことは「キマグレンジャー」と呼ばれる 大事件 2005年(平成17年) 5月、結成。結成以前は、お互い他のバンドで活動をしていた。 6月25日、逗子海岸にて夏季限定ライブハウス(海の家)「CLUBEACH HOUSE KANNON」(現在の「音霊 OTODAMA SEA STUDIO」の前身)を設立。 2006年(平成18年) 3月18日、自主制作シングル『想い思い』を発売。 6月24日、「音霊 OTODAMA SEA STUDIO」を設立。以降毎年6月末から8月末にかけて夏季限定で運営。 12月、本格的に活動を再開。 2007年(平成19年) 7月25日、ミニアルバム『LIFE』をインディーズレーベルのUNDER HORSE RECORDSから発売。 夏、ユニバーサルミュージックと契約。 2008年(平成20年) 2月20日、シングル『あえないウタ』でメジャーデビュー。 7月16日、初のアルバム『ZUSHI』を発売。 7月23日、RYTHEMとのコラボレーション楽曲「Love Call」を、RYTHEM with キマグレンとして発表。他アーティストとのコラボレーション企画は初。これは2月13日に日本テレビ系『爽快情報バラエティー スッキリ!!』の新人アーティスト紹介コーナーで互いに特集されたことがきっかけで実現に至ったもの。 11月13日、松沢成文神奈川県知事から「かながわ観光親善大使」に任命される[4]。 11月18日、シングル『LIFE』のインストが、京急逗子線?新逗子駅の列車接近案内音(駅メロ)に導入される[4]。 (予定)12月31日、第59回NHK紅白歌合戦出場予定。